水晶発振子の動作確認用発振回路の製作(その2)

 

 

1.はじめに... 1

 

(1)水晶とは... 1

 

(2)水晶の圧電現象と役割... 1

 

2.水晶振動子の特性.. 2

 

(1)切断方向... 2

 

(2)振動モード.. 3

 

(3)水晶振動子の振動形態... 4

 

(4)水晶のカットとその種類.. 4

 

(5)水晶振動子の構造と外形.. 6

 

3.代表的水晶発振回路... 7

 

(1) おもちゃの病院ホームページ発振回路... 7

 

(2) C-MOSインバータ発振回路(原型).. 8

 

(3) C-MOSインバータ発振回路(フィードバック抵抗を大幅に大き

              くしたもの).. 10

 

(4) ネットで見つけたCOMSインバータ(3個使用)発振回路.. 10

 

4.C-MOS型インバータを使った発振回路... 11

 

(1) 部品の役割と目安の数値... 11

 

(2) 発振余裕度... 12

 

(3) 励振レベル... 12

 

5.水晶発振子の動作確認用発振回路... 13

 

6.おわりに... 13

 

 

 1.はじめに
おもちゃの病院で電子系のおもちゃの修理をしていると小さい楕円状の金属ケースの部品や細長い金属の筒状の部品を見かけることが良くあります。この部品が水晶振動子(水晶発振子)です。
水晶振動子は回路で使用している基準となるクロックを作って回路全体の動作を制御することを支えています。そのためこのクロックが生成されなかったり、生成されても狂っていたりすると回路全体が正しく動作しなくなります。
今回はこの重要な回路素子である水晶振動子について説明すると共に、おもちゃの故障の原因となっているかもしれない、使用されている水晶振動子が良品なのが不良品なのかを判断できる試験器を製作してみたいと思います。
はじまりは某月某日のおもちゃの病院でDr.Kから「時計用の水晶の良否を判断したいので、ホームページの試験器(その1の事)を作ってみたがうまく判断できない。4MHzの水晶では上手く行くのに32.768KHzの水晶では発振していない様だ。」と言う質問がありました。実際に持参した試験器を試してみましたが発振が確認できないようです。そこで色々と調べてわかった事項を皆さんにお伝えしたいと思います。


(1)水晶とは
水晶は石英(物質的には2酸化ケイ素)の俗称で、狭義には結晶の外形が見える無色透明な石英を指します。古くは中国や日本で水精とも書かれました。ギリシア時代には水晶はもと氷であったと考え、同じ言葉(クリュスタロスkrystallos)で呼びました。これが結晶を意味する英語crystalの語源となっています。同じような考え方はそれぞれ中国、日本、その他の国にもありました。
水晶は、昔から「水の精」といわれその透明性・硬さなどから尊重され、その神秘性から魔法の玉(占いに使う水晶玉等)として用いられてきました。現在でも研磨して、婦人のネックレスや指輪として貴重視されています。
そして貴重な天然水晶に代え、人工水晶より作られた水晶デバイスとして世に送り出されて、産業の米と言われる半導体と共になくてはならない存在となり、「産業の塩」とも呼ばれています。もっとも天然水晶は見た目には綺麗ですが結晶軸がズレていたり不純物を含んでいたりと必ずしも期待される用途には適さないものも多く現在では人工水晶が電気的用途では主流になっています。人工水晶は他の用途には適さないクズ水晶を溶解し、種水晶に結晶軸を揃えて再結晶させて作ります。


(2)水晶の圧電現象と役割
鉱物に圧力を加えると電気が起きると言う現象は以前から知られていましたが、1880年にフランスの物理学者キューリー兄弟が発見し、理論的な裏付けを確かめたのが圧電現象(ピエゾ効果)です。


圧電現象(ピエゾ効果)とは次のようなことを指します。
A: 水晶の結晶に機械的に圧力をかけると、表面に電気が発生します。   (圧電現象)
B: 逆に、電気(電圧)をかけると機械的に歪を発生します。(逆圧電現   象)
    圧電現象              逆圧電現象

圧電現象がみられる物質は水晶以外にも多くあります。鉱物では電気石、蛍石や宝石としての方が有名ですがトルマリン、トパーズ等が挙げられます。


2.水晶振動子の特性
(1)切断方向
水晶振動子は母材となる水晶を結晶軸の方向に従って水晶を切り出し、整形して製作します。このときにどの軸に沿って何度の方向に切断するかで発振周波数や特性が変わります。様々な研究によって現在一般的に知られている切り方が下図のような切り方になります。

 

結晶の成長する方向がY軸方向になります。結晶の厚み方向がZ軸です。
この中で現在一般的に発振子として使われているのがATカットと呼ばれるY軸を基準としてZ軸方向に35度15分の傾きを持たせた切り方です。
他に時計用の振動子として知られる音叉型の場合は上図ではXカットで切られています。
水晶振動子は、ATカットや、GTカットのように室温付近から広い温度範囲に亘って零温度係数を有するため周波数温度特性に優れています。また物理的、化学的に非常に安定している物質であるためエージング特性(耐経年変化性)にも優れ、その周波数変化は極めて小さな値となります。


☆切断方位と周波数温度特性

水晶振動子のカット方位と周波数温度特性の関係

音叉型振動子の周波数温度特性 

    例

ATカット振動子のカット角度と周波数温度特性の関係
 

 

 

ATカットの場合が温度特性が一番良くなっています。この場合は、三次曲線のカーブを描きます。
周波数変化率はPPM(1/100万)で表わします。


これらの優れた周波数安定性で、携帯電話や無線機等の通信機器やテレビ、ビデオ、デジタルカメラ、パソコン等の民生機器に大量の情報を同時に素早く処理するための正確な基準信号として使用されています。また、腕時計やストップウォッチのように時間や時刻の基準としても広く利用されています。


(2)振動モード
この様にしてカットされた水晶に電極を付け電気を掛けることによって振動させるわけですが、この振動にも様々な振動の形態(モード)があります。

a)屈曲振動モード:棒状の振動子が上下に曲がって振動する形態
b)捩じり振動モード:棒状の振動子が左右に捩じれて振動する形態
c)長さ縦振動モード:棒状の振動子が長さ方向に伸縮して振動する形態
d)幅縦振動モード:棒状の振動子が幅方向に伸縮して振動する形態
e)幅長さ結合縦振道モード:板状の振動子が長さ、幅両方向に振動する形態
 f)輪郭すべり振動モード:板状の振動子がその輪郭を縦横方向に変化させて振動する形態  
g)厚みすべり振動モード:板状の振動子が厚さ方向でズレて振動する形態

水晶振動子は、その結晶性と圧電性から様々な振動モードが存在し、零温度係数を有するものもあります。周波数は、厚みすべり振動子(ATカット、BTカット)のように厚みがパラメータになる振動子、音
叉型水晶振動子のように音叉の腕の長さと幅がパラメータになる振動子、輪郭すべり(CTカット、DTカット)のように正方形の一辺の長さがパラメータになる振動子等、振動モードによって周波数を決定するパラメータが異なります。
振動モードはそれぞれ周波数範囲や、電気的性能が異なりますので使用されるモジュールによって使い分けることが必要です。


(3)水晶振動子の振動形態
水晶振動子の振動形態には大きく2通りあります。一つは基本波振動でありもう一つはオーバートーン振動です。固体素子が振動するわけですのでその振動に関する基本的パラメータで一義的に定まる振動数(周波数)で振動するのが基本波振動でその奇数次の高調波で振動するのがオーバートーン振動です。
固体素子である以上ある程度の大きさ、厚さが必要で基本波振動では60MHzぐらいが限界になります。これ以上の周波数が必要な場合はオーバートーン振動を利用します。
今回は基本波振動だけに注目して話を進めます。


(4)水晶のカットとその種類
切断方位、振動姿態と周波数範囲の関係を整理すると次の表のようになります。

(5)水晶振動子の構造と外形
☆ 構造
金属缶に封入されている水晶振動子は、切り出した水晶片に電極を貼り付け(蒸着)リード線を引き出したものが一般的です。金属缶ではなくプラスティックのケースに入れられている物には水晶片に金属片を接触させて電極とした物もあります。

代表的なものを掲げてみました。これ以外にも沢山あるようです。HC型には、リード線タイプとピンタイプがあり型式番号は別になります。


3.代表的水晶発振回路
コルピッツ型とかピアース型とか無調整型とか色々あります。
デバイスにしてもトランジスタを使う場合、FETを使う場合、IC(アナログ、ディジタル)を使う場合などがあります。
(その1)で紹介しているものはトランジスタを使ったコルピッツ型発振回路の例です。この発振方式は周波数範囲が1MHz~数十MHzの発振に向いています。使用する水晶振動子はATカットと呼ばれるものになります。この範囲であれば多分どのような発振方式を用いても満足する発振が期待できます。
さらに低い周波数に向いているものは「C-MOSインバータをアナログ的に使用する」という記述を「定本 発振回路の設計と応用」で見つけました。

3-1 当院ホームページ発振回路(その1)
まず、「水晶発振子の動作確認用発振回路の製作」の回路を実験してみました。
このタイプはコルピッツ型の無調整発振回路と呼ばれるもので100KHz~数10MHzの間で良好な発振特性を示しますが、発振させる周波数に応じてC1とC2を適正な値に設定しなければなりません。
特に低い周波数ではC1とC2の値は大きく異なります。500KHz付近では2200pFのコンデンサが必要になると言われています。数MHz以上であればこの回路図の値で問題ありません。

注)解説でT2から取り出すと波形が比較的綺麗とありますが、T2に外部回路を接続すると回路の容量が水晶に並列にはいるので発振周波数が低くなります。波形を綺麗にするためにはT1にエミッタフォロワ回路を接続するほうが良いと思われます。


3-2 C-MOSインバータ発振回路(原型)
資料で見つけたCOMSインバータ発振回路を試してみました。
この回路は周波数範囲として1MHzから上の周波数に適していると書かれていました。
使用するC-MOSロジックICとしては74HCU04か4069BUのアンバッファタイプのICが適当です。
74HCU04と4096UBはどちらも一つのパッケージに6個のインバータが入っているディジタルICです。
74HCU04はテキサスインスツルメント社が開発した標準型ロジックICの一員で原型はSN7404です。
74HCU04は内部のデバイスをトランジスタからCOMS FETに変更するとともに高速化を図ったもので一段のインバータで構成されていてバッファを持ちません(Unbuffered)。
そのため、アナログ的用途にも対応可能でヘッドフォンアンプを作ることも出来るそうです。
74HC04は名前から判断できるようにバッファを持っているだけではなく3段構成のインバータになっているためロジック回路向きですがアナログ的用途には向きません。

4069UBはナショナルセミコンダクタ社が開発したCD4000シリーズの一員で原型はCD4069になります。74HCU04と同様にCMOS FETに変え高速化、省電力化を図ったものになります。
周波数特性は74HCU04の方が高い周波数域まで裸利得が伸びているため高い周波数迄発振し易いようですが低域では4069UBの方が裸利得が大きいので32.768KHzと言った低い周波数では4069UBの方が発振しやすいようです。出力も4069UBの方が大きく得られます。
足の配置はどちらも同じですので差し替えて試すことができます。

 

残念ながら32.768KHzは発振してくれませんでした。資料によれば帰還抵抗R1の値を10MΩ~20MΩにしなければならないようです。


3-3 C-MOSインバータ発振回路(フィードバック抵抗を大幅に大きくしたもの)

フィードバック抵抗10MΩの手持ちはなかったので、偶々あった4.7MΩを2個シリーズに接続し9.4MΩとして使用してみました。
これは上手く行きました。最初フィードバック量を増やそうと、C1を40pFにしていたら寄生振動と見られる波形が観測されましたがオリジナルの22pFに戻したところ方形波ですが綺麗な波形を観測することが出来ました。

水晶に並列に抵抗が入って発振を担当するインバータの動作に影響を与えるのを防ぐためにインバータユニットを1個使って発振担当インバータの入力を一定に制御し発振を確保しようとするもので、インバータユニットを3個使用しますが、フィードバック抵抗が1MΩでも発振に成功しました。寄生振動、自己発振と見られるものは生起していません。
もともと74HCU04はインバータが6個入っているので3個使ってもまだ半分ですから個人的には10MΩなどと言う高抵抗を使うよりは普通の1MΩで済む方が良いと思います。
問題の32.768KHzの時計用水晶振動子はXカットであるために、通常のATカットの振動子よりも条件設定がクリチカルで、発振させるためにはトランジスタを使用した回路よりはネットで言われている通りC-MOSインバータを使用した回路の方が適していると判断しました。
このため、以降はC-MOSインバータを使用したもので検討を進めていきます。
4.C-MOS型インバータを使った発振回路
4-1 部品の役割と目安の数値

汎用のC-MOS IC(74HCU04)を使用した発振回路を例として各部品の役割を説明して行きます。
下表より帰還抵抗が実装されていない場合、電源を接続しても発振を開始しません。
また、適切な値の抵抗を接続しないとオーバートーン発振や寄生発振をしてしまう場合があります。
一般的には基本波振動子(MHz帯)の場合は1MΩ、オーバートーン振動子(MHz帯)の場合はICの特性や周波数によって異なりますが数kΩ~数十kΩの範囲になります。音叉型振動子(KHz帯)の場合は10MΩもしくはそれ以上の抵抗を接続する必要があります。

部品番号 各部品の名称 役割
Rt 帰還抵抗  発振段インバータ出力側から、電流及び信号を入力側に帰還させ、振動子の発振を継続させる。発振次数により値は変わる。
Rd 制限抵抗 振動子に流れ込む電流を制御し、負性抵抗や励振レベルの調整、振動子の異常発振の防止や周波数変動を抑制する。
C1,C2 外付けコンデンサ 不正抵抗、励振レベル、発振周波数を調整する。また任意の負荷容量に設定する

制限抵抗(Rd)の適正値は振動子のタイプや周波数帯及び外付けコンデンサ(C1、C2)の値によって異なります。正しい値は発振回路の特性(負性抵抗、励振レベル等)を測定したうえで決定します。
目安としてはATカット振動子(MHz帯)の場合は100Ω~数kΩ、音叉型振動子(KHz帯)の場合は100KΩ~数百kΩとなります。
外付けコンデンサは水晶の持つ容量成分を打ち消すために挿入され、振動子のタイプや周波数帯、制限抵抗の値及び発振次数によって異なり、目安としては3pF~33pF程度になります。
4-2 発振余裕度

発振回路にどれだけ発振余裕があるかは負性抵抗を測定して、得られた数値から余裕度を推定します。
振動子に直列に抵抗(R)を接続し、値を大きくしていくとある抵抗値以上で発振が停止します。発振が停止する直前の値が負性抵抗の値になります。振動子のCI規格に対して5倍以上の値が確保できていることが重要です。水晶振動子の発振のし易さ、生きのよさはこの発振余裕度から判断できます。

4-3 励振レベル
使用する発振回路において水晶を発振させるための電力のことです。
測定はプロの業者でなければできませんが、これが適正でなければ水晶が発振しない、水晶が破損するなどの不具合が生じます。
ドライブ・レベルを高くしすぎると、スプリアスを起こし易く、発振が不安定になることがあります。
また、ドライブ・レベルが高すぎると、温度特性において周波数や直列抵抗値の異常なジャンプ変動を起こすことがあるので注意が必要です。一般の場合3μW以下とか、低すぎる場合も問題が起こることがあります。
大まかな目安としては100μW程度が望ましいですが、パッケージのサイズや周波数、仕様などによって若干異なります。最適値を求めるためには、やはり現物の回路を解析するのがベストです。
Xカットの時計用水晶振動子はドライブ・レベルが1μW程度が適当と言われており、極めてクリチカルです。

DL=𝐼2×𝑅𝑒 [mW]
※ I:水晶振動子に流れる電流

発振しない水晶を無理に発振させようとして根拠なしに回路の値を大きく変更することは避けなければなりません。
5.水晶発振子の動作確認用発振回路
以上の事から動作確認用発振回路としては32.768KHzの時計用音叉型水晶振動子においてはC-MOSロジックIC(例えばTC74HCU04か4069BU)を使用した回路が適当と考えます。但し、この場合はあくまで時計用音叉型水晶振動子に限定しなければなりません。
数MHz以上のATカット型水晶振動子の場合はおもちゃの病院のホームページで紹介している無調整型コルピッツ発振回路或いはC-MOSロジックIC(TC74HCU04)を使用した回路が検査する水晶振動子の周波数がある程度広く取れますので適当と考えます。
水晶の生き(アクティビティ)を判断するためには発振余裕度を測定するには4-2で説明した要領で負性抵抗を測定するのが一番ですが、おもちゃの修理と言う状況では動作確認用発振回路に水晶を入れて発振すれば「良好」、発振しなければ「不良」と言う判断で構わないのではないかと思います。


6.おわりに
水晶振動子のカットの仕方がこれほど発振に大きな影響を与えるとは考えていませんでした。
特に、試験器と言う事になると一つの試験機で出来るだけ広い範囲の水晶を試験したいと考えるのは普通だと思いますが、どうもそれは無理だと言う事が分かってきました。


数社から水晶発振子周波数測定キットが販売されています。1枚の基盤に回路が乗っていて、使いやすそうに見えます。製造元は中国のサインスマート社の様ですが、これは無調整水晶発振回路にPICを使った周波数カウンタを組み合わせたもののようで水晶の発振可能範囲及びカウンタ範囲はスペック上はそれぞれ5MHz~45MHz、1Hz~50MHzとなっています。実際、8MHzの水晶は発振させることが出来ましたが4MHz、1MHzについては発振させることが出来ませんでした。従って32.768KHzの時計用水晶(Xカット)については全く発振させることが出来ないことはお分かりだと思います。他の回路を使って上手く発信させる事が出来れば周波数のカウントは可能と考えますが、何処に入力すれば良いかは検討していません。
水晶発振子(水晶振動子)はおもちゃの修理においてはそれほど深く研究する必要はありません(怪しかったら交換すれば良い)が、基本的な知識としては知っておく必要が有ると思います。

 

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