5.コイル(インダクタ)
のっけからうんちくで申し訳ないのですが俗に「コイル」と呼んでいる電気部品の正しい呼び方は「インダクタ」です。
コイルは紐とか線状の金属を棒状に或いは蚊取り線香のようにグルグルと巻き付けたものの形状のことを言います。そのため電気とは無関係の、例えばスプリング等の分野においても「コイル」と言う単語は使用されています。
ここでは電気部品としてのコイル(インダクタ)について説明します。
呼び方も随時両方を使い分けていきます。個人の趣味です。
インダクタはそれに流れる電流によってインダクタの周囲に形成される磁場にエネルギーを蓄えられる受動素子です。蓄えられる磁気エネルギーの量はそのインダクタ(コイル)が持つインダクタンスで決まり、インダクタンスの単位は「ヘンリー(H)」です。
一般に電線を巻いた形をしていて何回も巻くことでコイル内の磁場が強くなります。コイル内の磁界が変化するとそれに比例して誘導起電力が生じます。この誘導起電力によって生じた誘導電流は磁界の変化を妨げ、磁界を維持する方向に流れます。この結果インダクタは交流電流を遅延させ再形成する能力をもつことになり、時間とともに電圧と電流が変化する電気回路の基本的部品となっています。
磁界によって生じる磁束を強化したり、成型するほかインダクタンスを変化させたり調整するためにコア(鉄心)を挿入する場合があります。
インダクタ(コイル)はその生成する磁力の働きを使って何かをする場合と生成した磁力そのものを力として使用する場合の大きく2つの用途がありますが、
前者は主として電気(電子)回路を構成する部品として、後者は主として電動機(モーター)が代表的なものです。逆に力を磁界の変化としてとらえ電気にかえて利用する場合もあります。
数式や回路図では「L」で示され、記号は上図のとおりです。
(1)用 途
コイルはコンデンサなどを組み合わせることで、特定の周波数の信号だけを取り出す共振回路やフィルタ回路を構成できるなどアナログ回路や信号処理に広く使われています。コイルには電源回路用の大型のもの(フィルタ用コンデンサと組合せ、出力の直流からハム音成分を取り除く)から、高周波の干渉を防ぐインダクタンス値の小さいものまで様々なものがあります。小さなコイルとコンデンサの組合せは共振回路を構成し、無線の送受信機などに使われます。
また、2つ以上のコイルの磁束を結合することで変圧器が構成でき、電力網の基本的部品としてよく使われています。
更にコイルは一部のスイッチング電源でエネルギー蓄積装置としても使われています。コイルはレギュレータのスイッチングサイクルの一部分でエネルギーを蓄積し、サイクルの残りの部分でエネルギーを解放します。このエネルギー伝達比によって入力電圧と出力電圧の比率が決まります。この回路ではコイルは半導体能動素子と組み合わせて、正確な電圧制御に使われています。
コイルは増幅回路や電源などにおいて、能動素子に供給する電力の電流に対する直流抵抗が低く、信号やノイズの(交流)電流に対するインピーダンスは高い、という素子として使われている場合は信号やノイズを塞ぐ、という意でチョークコイルとも言います。
(2)コイルの構造
コイルは電気伝導体の巻線として構成でき、一般に強磁性またはフェリ磁性の素材や空気を芯(コア)として、その周りに銅線を巻きます。空気より高透磁率のコア素材を使うことで磁場を強化し、それをコイル内に閉じ込めることでインダクタンスが増大します。
低周波用コイルは変圧器と同様の作り方で、コアとしてケイ素鋼を積層したものを使い、渦電流を防ぎます。音声周波数より高い周波数ではコアとしてソフト・フェライトが広く使われています。これは、ソフト・フェライトが一般的な鉄合金よりも高周波でのコア損失が小さいためです。
コイルには様々な形状のものがあります。最も一般的な形状は、フェライト製ボビンの周りにエナメルでコーティングされた銅線を巻いたもので、通常は巻線が見えていますが、巻き線がフェライトに完全に囲まれたものもあります。コアを調整可能なコイルもあり、インダクタンスを変化させることができます。
線材を円筒形に巻き、円筒の中に何も入れないコイル。支持体(芯)としては絶縁体を用います。支持体を使わない場合は自分自身で形を支えなければならないため線材には太いものが必要です。耐電力は大きいですが、大きなインダクタンスを持つインダクタは製造が困難です。また、コア入りコイルに見られる高周波でのコア損失がほとんどないことから、主に高周波帯で電力を取り扱う用途に用いられます。周囲の物体の影響や、巻線の間隔(ピッチ)の狂いによりインダクタンスが変動しやすいです。線材が細い場合や小型の場合はエポキシ樹脂等高周波特性の良い樹脂で固めて使用されます。
VHF帯以上で使われる場合には表皮効果を生かすために、特に電気抵抗の少ない「銀」でメッキしたりします。
(イ)コア入りコイル
コア或いは絶縁体のボビン(巻き芯)に線材を巻き付けて小型化を図ったり、コイルのインダクタンスを可変にしたりする用途に用います。
(ウ)平面コイル
円筒形に巻いたコイルではなく蚊取り線香のように平面上に線材を巻き付けて作る他、プリント基板のように銅箔を張った基板上に同じような渦巻き状のパターンを作ってコイルとします。
取り扱う周波数が高くなると短い導線でもインダクタンスを持つようになります。(この説明は正しくはありません。本当はどんな長さの導線でもインダクタンスを持っていて通過する電流の周波数に応じて働いていますが、その働きが回路にとって有効か、あまり有効ではないか、無視できるかの差で考慮すべき要素になるかどうかの判断の対象となります。短波帯以下の周波数ではあまり考慮する必要はなく、配線を長く引き回すのを避ければ十分です。)
このため線材を巻いた形状のコイルでは役に立たない或いは小さくなりすぎて作ることが出来ないと言った状況が生じます。このような場合には平板状の銅板などをコイルとして使用するようになります。具体的にはストリップライン、マイクロストリップライン等が挙げられます。
パソコンの基板にも使われています。近年のパソコンは高速動作のためクロックの周波数が高くなり800MHz~1GHz或いはそれ以上になって来ています。基板上で見られる渦巻き状やくねくねと蛇行した配線がそれに当たります。但し、パソコンの場合にはバス上の信号伝達時間を同じにしなければならない必要があって配線の長さを揃えなければならないという理由から蛇行配線をしている場合もあります。
(エ)アキシャルコイル
導線を巻き付けた絶縁物又はセラミックなどの支持体の両側にリード線をつけて、そのままの状態或いは樹脂皮膜で覆って保護したコイルです。同軸型の構造を持つためこのように呼ばれます。図のように抵抗器などと同様に直線状の筐体の両端からリード線が出ている形式のコイルは特に、マイクロインダクタと呼ばれます。コイルの特性を表すパラメータのうちQと言うパラメータを高く取り難いため同調用ではなく高周波阻止用のチョークとしての用法が一般的です。
(オ)トロイダルコイル
ドーナツ形の強磁性体(トロイダルコア)に巻線を巻いたコイルです。コアは透磁率によって色分けがされており、巻数とインダクタンスの関係を表す図表がコアのメーカーから公表されています。コイルの巻数はドーナツの穴を電線が通った回数で数えます。周囲の物体の影響を受けにくい、漏れ磁束が少ない、インダクタンスの安定性・再現性が高いなどの利点があり、高周波回路に多く用いられます。上図右は低周波用のトランスをトロイダルコアで実現したもので、このような領域にも使用されています。
イ.巻き方別
(ア)ソレノイド巻き
左図にみられるようにボビンを支持体としてその上に絶縁被覆を持つ線材を円筒状に巻いていく巻き方です。単層或いは複数層に巻いて所要のインダクタンスを得ます。線材を横方向に密着させて巻く密着巻き、線材と線材を離して巻くスペース巻きなどがあります。線材をきちんと整列させて巻く巻き方(整列巻き)です。素人が作る場合は最も容易な巻き方です。
(イ)ハニカム巻き
コイルの巻き線間の浮遊容量による損失を少なくするため、隣接する巻線をある角度で交差するパターンに巻く高周波用の多層コイルの巻きかたです。中心軸に垂直に見た時に蜂の巣状の模様が見えることからハニカムの名があります。英語では「basket winding」(籠巻き)とも言います。
専用の巻き線機がないと巻くのは困難です。
さらにハニカム巻きの変形として巻き方を工夫したバンク巻きと言う巻き方もあります。
(ウ)スパイダー巻き
ソレノイド状ではなく、平面に渦巻状に巻く巻きかた。多用される構造としては放射状に奇数本のスポークがある絶縁体の芯材に巻きつける(やってみればわかるが偶数本だとうまくない)などがあります。蜘蛛の巣に形が似ていることからスパイダーの名があり、インダクタとして、あるいはバーアンテナ以前のループアンテナとしてよく使われました。
(エ)ガラ巻き
巻き芯に線材を整列してではなく、適当に「ガラガラ」と巻いていく巻きかたです。整列巻きのように隣り合った巻き線間に生じる浮遊容量が少ないため意外にいい結果をもたらす場合があります。但し、製法から言って商品管理が難しくなることは容易に想像がつきます。多層に巻く必要があり、巻き数だけが問題になる場合(モーターコイル、トランス、チョーク等)にはこのような例を見ることが出来ます。
上記の分類は厳密な定義があるものでもなく、どちらとも言えるコイルなどもあります。
ウ.用途別
(ア)高周波用コイル
高周波帯ではコイルは主として同調用として用いられます。
高周波ではコイルは電気抵抗や他の損失が高くなります。高周波インダクタはほとんどが空芯コイルであり、損失をなるべく最小限にする製作技法が使われています。
空芯コイルの一例。微弱電波によるFM送信機の電子工作で定番のレシピによるもので、鉛筆に7回半ほど密巻きしたものを10mmほどに伸ばしてインダクタンスを調整しています。
(イ)チョークコイル
主として交流成分の阻止に高周波から商用周波数まで使われます。適用する周波数に応じて様々な形状、大きさのものが作られています。
(ウ)低周波用コイル(音声周波数帯)
信号伝達や電力伝達、インピーダンス整合、或いはその両方等のために使われます。積層のコアを有する場合が殆どです。
(エ)低周波用コイル(商用周波数帯)
電源トランスです。商用周波数(50Hz或いは60Hz)の交流電気を使って目的とする電圧を得ます。積層のコアを用います。
直流を流さないことを設計の前提としていますので、誤って直流を流すような回路に使うとコアの磁気飽和がおきて回路の動作がおかしく成ることもあります。
(オ)可変コイル
可変コイルはコアをスライドさせて巻き線との位置をずらすことで透磁率を変化させ、インダクタンスを変更できる素子です。
円筒形のボビンに電線を巻き、内部のコアをドライバで回して上下に動かし、インダクタンスを調整します。
蛇足ですが、巻き線が2つ以上あるコイルがあります。このコイルはお互いに中を通る磁束で結合しています。この結合を変える場合は2つのコイルの距離を変えるわけですが、ごく特殊なものとして一方のコイルの中に回転式の小さなコイルを入れて目的を達成する場合があります。このような形式のコイルをゴニオメーターと言います。
一般に共振回路など漂游容量など確定できない要素を含む無線関係(100MHz未満)の回路では可変コイルを使い、目標値に合わせることも多いようです。
(4)コア
コアの材質としては用途に応じて様々な種類の中から適切なものが選択されます。大電流の電源回路などには変圧器と同様に珪素鋼板も用いられます。
コアコイルはコアに鉄やフェライトなどの強磁性体を使用してインダクタンスを増加させています。高透磁率の磁性コアを使うことで磁場が強化され、コイルのインダクタンスは数千倍にもなります。
コア材には次のような種類があります。
ア.フェライトコア
高周波向けにはフェライトをコアに使用します。フェライトはフェリ磁性素材で導体ではないため、渦電流が流れません。フェライトの組成は xxFe2O4 で xx には様々な物質が入ります。
フェライトはソフト・フェライトとハード・フェライトの二つに大別されます。インダクタンスの強化を目的としてコイルに使われるのはソフト・フェライトでハード・フェライトは高い保磁力を生かして主に磁石として使われます。
どちらも磁器と同じ「焼き物」ですので衝撃には脆弱です。
イ.ダストコア
圧縮磁芯材ともいいます。カーボニール鉄、モリブデンパーマロイやセンダストなどの金属を粉末にして絶縁処理を施し、加圧成型したものです。
微細な粉末が絶縁状態で加圧整形されていますのでコアによる損失が少なくフェライトコアと同様主として高周波領域で使われます。
ウ.積層コア
低周波コイルはある程度大きな電流を取り扱うことが多いのと取り扱う周波数が低いので積層コアを使って渦電流を防ぐことが多いです。電源用変圧器にもよく使われています。
積層コアとは絶縁被覆した鋼の薄い板を磁場と平行な方向に重ねたものです。重ねた鋼板は一枚一枚が絶縁されているので、板と板をまたいだ渦電流が流れないため、渦電流は板の狭い断面積内でのみ流れることになり、エネルギー損失を大幅に低減することができます。板には低保磁力のケイ素鋼を使い、ヒステリシスによる損失も低減させています。
エ.トロイダルコア
フェライトコアやダストコアに使われる磁性体を棒状ではなくドーナツ状に成型したコアです。
棒状のコアを使うと、コアの一方の端から磁力線が必ず空気中に飛び出し、もう一方の端に繋がります。従って磁場の大部分が高透磁率のコア素材ではなく空気中を通ることになり、磁場が弱くなります。トロイダルコアはこれを防ぐもので、磁力線が常にコア素材を通り高い磁束を維持することができます。また同じ理由で、外部との結合が起きにくいため障害を与えにくく影響を受けにくくすることが出来ます。
但し、閉塞された磁回路になるので磁界を作るためのコイルが巻きにくいという欠点もあります。メーカーでは専用の巻き線機を使っているそうです。
オ.その他のコア
低周波領域で最近はやりのコアにアモルファスコアと言うコアがあります。通常の鋼板は結晶構造を持っていますがアモルファスコアはコア材の製造時に非結晶構造になるように製造するため渦電流損失を低く抑えることが出来、良好な特性を持ったトランスを作ることができます。
またインダクタンスが過大な場合は銅やアルミニウムのような反磁性体をコアとして使用することによってインダクタンスを減少させる方向に可変させるというよう様な使い方もされています。
(5)電流と磁気
本当はコイルの説明をする前に「磁気」の説明をしなければいけないのですが、磁気の話はなかなか難しくて簡単に説明することはできません。大学などで学ぶ学問に「電気学」や「電子学」はありません。あるのは「電磁気学」或いは「電気磁気学」です。電気と磁気はそれほど密接に関係しています。
電流が流れればその周囲には必ず磁気が発生しています。これは流れる電流が直流だろうと交流だろうと関係ありません。(アンペールの法則)
簡単な実験で確かめることが出来ます。興味のある方は試してみてください。
また磁気には必ず力が伴います。これも忘れてはいけません。電流と磁界と力の関係を表す代表的な法則が「フレミングの右手(左手)の法則」です。
コイルはこの磁気をうまく使って人間の役に立つように電気をコントロールするための部品です。
(6)なぜ交流電圧を上げたり下げたりできるのか
「2つ以上のコイルの磁束を結合することで変圧器が構成できる」とは先に述べたところですが一方のコイルに電流を流せば、その時に流れている電流に比例して磁束が生起します。
磁束に変化を与えればそこに流れる電流も変化します。
コイルに直流を加えた場合は手作りの電磁石でお分かりのとおり磁束は発生していますが一定であって変化していません。
交流を加えた場合は電圧が変化するのみならず電流の流れる向きも変化します。
この時はその電流の大きさ、向きの変化に対応して磁束も変化しています。もともと磁束は電流の変化を妨げる方向に増減しますから、磁束を共有している他のコイルでは同じ理屈で電流が流れることになります。
磁束はコイルの巻き数に比例して強くなったり弱くなったりしますから巻き数が多ければ多いほど磁束は強くなり少なければ少ないほど弱くなります。
つまり、磁束を共有できる2つのコイルがあってその一方のコイルに交流を加えた場合、他のコイルには巻き数に比例した電圧が誘起されることになります。一方のコイルが100回巻いていて加える電圧を100Vとするならば、そのコイルと磁束を共有するコイルが200回巻きの場合は巻き数比が1:2なので200Vの電圧が発生するということになります。逆に50回巻きならば発生する電圧は1:0.5なので50Vと言うことになります。これがコイルによって交流の電気の電圧を上げたり下げたりするこが出来る事の理屈になります。
左の図はトランジスタ回路用の電源トランスです。中央に描かれている2重線は鉄心(コア)が入っていることを意味します。トランスの場合は電力を供給する側を1次側、反対側を2次側と呼びます。
ここで1次側に100Vを接続しその巻き数が1000回だとわかっていて2次側に10Vが出力されている場合は、巻き数比はn1:n2=1000:Xであり、対応する電圧比は100V:10V=10:1になりますので
となり2次側n2の巻き数は100回となります。
同様にして1次側90V及び110Vのタップは1次側巻き線のそれぞれ900回目及び1100回目となります。
2次側巻き線の各タップについてもまったく同様となります。
蛇足ですがこのように1次側と2次側が完全に分離しているタイプのトランスを絶縁型、アイソレートタイプと言います。1次側だけでも電圧の上げ下げが出来ます。1次側だけで0Vと110Vに線をつないで出力を取れば110Vの出力が得られます。このようにして1次巻き線だけで構成されているトランスを単巻き型、オートトランスと言います。海外への旅行用などはこのタイプです。
説明の途中でインピーダンス整合が出来ると述べたのもほぼ同じ理屈です。ただこの場合は電圧とは異なり巻き数の2乗に比例しますので巻き数比1;2ならばインピーダンスの比は1;4になります。(インピーダンスとは説明を省いていますが簡単には回路または回路素子(デバイス)が持つ回路の交流成分に対する抵抗であると考えてください。純粋な抵抗と違って直流に対しては抵抗値を持ちません。記号はZ、単位はΩ(オーム)です。)